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津地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決 1992年3月26日

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

被告らが、補助参加人稲守久生(以下「稲守」という。)から昭和五七年度及び同五八年度総務部所管交際費流用に係る金五〇万円を徴収しないことが違法であることを確認する。

2  予備的請求

被告らが、昭和六〇年五月三〇日、稲守から昭和五七年度及び同五八年度総務部所管交際費流用に係る金員のうち金五〇万円の提供を受けたにもかかわらず、右金員を歳入・(款)諸収入・(項)雑入・(目)弁償金・(節)弁償金、又は、歳入・(款)諸収入・(項)雑入・(目)雑入・(節)総務雑入として受領しないことが違法であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

<1> 原告らはいずれも津市の住民である。

<2> 被告津市市長岡村初博(以下「被告市長」という。)は昭和六〇年度以降津市市長であり、被告津市助役小林勝(以下「被告助役」という。)は昭和六〇年度以降津市助役であり、稲守は昭和五七、五八年度津市市議会議長であった。

2  本件支出の経過

<1> 稲守、昭和五七、五八年度において別表「支払先」欄記載の飲食店で同「金額」欄記載の代金額の飲食をした。

<2> 昭和五七、五八年度津市一般会計予算における議会費中の交際費はいずれも金三五〇万円であるところ、右飲食は右交際費の額を超えるものであった。

<3> 稲守、昭和五七年度津市総務部長であった小林勝(被告助役)、昭和五八年度津市総務部長であった新弘範、昭和五七年度津市財政課長であった駒田忠重及び昭和五八年度津市財政課長であった内田惣一は、右飲食代金を総務部所管の食糧費から支出することを計画し、別表記載のとおり昭和五七年度に金四一万六一四三円、同五八年度に金七七万八三九七円を支出した(以下「本件支出」という。)。

3  本件支出の違法性及び津市の稲守に対する債権の存在

<1> 稲守の右飲食は、議長としての職務に関しない個人的なものであって、その支払のために公金を支出すること自体違法である。

<2> 仮に、右飲食が議会交際費として正当なものであったとしても、これを総務部所管の食糧費から支出することは科目の款を超えた支出であるから違法である。

<3> よって、津市は稲守に対し、合計金一一九万四五四〇円の不法行為による損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有している。

4  稲守の弁済提供と被告らの受領拒絶

稲守は、昭和六〇年五月三〇日、津市に対し、右損害賠償債務又は不当利得返還債務の弁済として右飲食代金のうち自己の飲食に相当する分である金五〇万円を津市議会議長山舗公義(以下「山舗」という。)及び津市議会副議長駒田拓一(以下「駒田」という。)を通じて現実に提供したが、被告らはその受領を拒否した。

5  津市は、以下のとおり財産の管理を違法に怠っている。

<1> 主位的請求関係

津市は、稲守に対し、前記3のとおり損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず、稲守から提供のあった金五〇万円を徴収しないことは違法に財産の管理を怠る事実に該当する。

<2> 予備的請求関係

津市には、右4のとおり稲守から現実に弁済の提供を受けた場合には、津市としては歳入・(款)諸収入・(項)雑入・(目)弁償金・(節)弁償金、又は、歳入・(款)諸収入・(項)雑入・(目)雑入・(節)総務雑入としてこれを受領すべき義務があり、それにもかかわらず受領を拒否する行為は違法に財産の管理を怠る事実に該当する。

6  本件監査請求

原告らは津市監査委員に対して、昭和六一年一月三〇日右につき監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行ったが、同委員は同年三月二五日原告らの右請求を棄却した。

7  よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づき請求の趣旨記載のとおり怠る事実の違法確認を求める。

二  本案前の主張

1  本件監査請求について

<1> 地方公共団体における特定の財務会計上の行為が違法・無効であることによって発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実であると構成している住民監査請求については、右実体法上の請求権の発生原因たる行為があった日又は終わった日を基準として地方自治法(以下「法」という。)二四二条二項の規定を適用すべきである。本件監査請求は、津市が、違法に本件支出をしたことにより取得した稲守に対する支出額相当の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権のうち金五〇万円を徴収しないことを怠る事実と構成するものであるから、右実体法上の請求権の発生原因たる本件支出の終わった日である昭和五九年四月一九日を基準として右規定を適用すべきである。よって、本件監査請求は住民監査請求提起期間経過後の不適法なものである。

<2> 仮に、本件監査請求が、稲守の弁済提供に対する津市の受領拒絶をもって怠る事実であると構成するものであるとしても、右も本件支出が違法・無効であることによって発生した実体法上の請求権の不行使の一態様に外ならないから、右<1>と同様、住民監査請求提起期間経過後の不適法なものである。

2  主位的請求について

右請求は、津市が、違法に本件支出をしたことにより取得した稲守に対する支出額相当の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権のうち金五〇万円について、稲守から徴収しないことの違法確認を求めるものであるところ、法二四二条の二第一項三号所定の違法確認請求の対象たる財産の管理を怠る事実にいう財産には公金支出の変形物たる債権は含まないものと解するべきであるから不適法である。

3  予備的請求について

右請求が、実体法上の請求権の不行使をもって怠る事実とするものではなく、津市の積極的な受領拒否をもって独立の行為であるとし、これを違法確認の対象とするものであるならば、以下の理由により不適法である。

<1> 右請求は、法二四二条の二第一項三号請求の対象として法定されている公金の賦課・徴収を怠る事実及び財産の管理を怠る事実以外の行為を対象とするものであるから不適法である。

<2> 右請求の対象が、主位的請求の対象である実体法上の請求権の不行使とは別個独立の行為であるとする以上、訴え変更の書面が裁判所に提出された日を基準として法二四二条の二第二項を適用すべきところ、本件で原告らから訴え変更の書面が提出されたのは昭和六三年三月二九日であり、原告らが本件監査結果の通知を受けてから二年以上経過しているから、右請求は訴え提起期間経過後の不適法なものである。

<3> 法二四二条の二第一項三号請求の対象は現に財産の管理等を怠っている事実であり、過去に職務懈怠行為があったとしても口頭弁論終結時までにその不作為の違法状態を除去する余地がなくなって単なる過去の事実となったときは右法定の対象から逸脱することとなって、これを対象とする訴えは不適法となる。右請求は、市が昭和六〇年五月三〇日に山舗を通じて稲守から提供された金五〇万円を受領しなかったとの過去の事実の違法確認を求めるものであり、かつ、右金員が同日午後三時過ぎに右山舗から稲守に返還されたことにより右受領しないという不作為の違法状態を除去する余地はなくなったから、これによって不適法となった。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1<1>、<2>の各事実はいずれも認める。

2  同2<2>のうち、昭和五七、五八年度津市一般会計予算における議会費中の交際費はいずれも金三五〇万円であったことは認める。同<3>のうち小林勝(被告助役)、新弘範、駒田忠重及び内田惣一が原告ら主張の職にあったこと、別表記載のとおり昭和五七年度に金四一万六一四三円、同五八年度に金七七万八三九七円が食料費から支出されたこと(但し別表「58.4.19 光悦 76,974」とある部分の支出日は昭和五九年四月一九日である。)は認め、稲守ら五名が別表記載の飲食代金を総務部所管の食料費から支出することを計画したとの点は否認する。

3  同3<1>の事実は否認する。

4  同4、5の各事実はいずれも否認する。

5  同6の事実は認める。

四  本案前の抗弁に対する反論

1  本件監査請求の適法性について

<1> 本件は、実体法上の請求権の不行使自体ではなく、津市が稲守から弁済提供を受けたにもかかわらず受領を拒絶した行為を問題としているものであるから、これについて新たに第三者が権利関係に参入してくる可能性はなく、権利関係を早期に安定させる必要はないから、怠る事実に係る請求権の発生原因たる行為があった日又は終わった日を住民監査請求提起期間の制限の基準とすべき必要はない。

<2> 本件では、違法な公金の支出に関与しこれによって利益を得た稲守が、その非を認めて損害金の一部の弁償として金五〇万円を提供してきたのに、市がその受領を拒否したことによって津市の財産管理の懈怠はより違法性の強い法的に別個のものに変化したというべきであるから、右受領拒絶のときから住民監査請求提起期間を算定するべきである。

2  主位的請求について

地方自治法二四二条の二第一項三号所定の違法確認請求の対象たる財産の管理を怠る事実にいう財産には公金支出の変形物たる損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を含むものと解するべきである。

第三  証拠(省略)

理由

まず、本訴の適否について判断する。

原告らが津市の住民であること、被告市長が昭和六〇年度以降津市長であること、被告助役が昭和六〇年度以降津市助役であること、稲守が昭和五七、八年当時津市議会議長であったこと、別表記載のとおり公金の支出がなされたこと(但し別表「58.4.19 光悦 76,974」とある部分を除く。)は当事者間に争いがない。

そして右別表の部分については昭和五九年四月一九日までの間に津市において支出がなされたことが弁論の全趣旨によって認められる。

右争いのない事実等にいずれも成立に争いのない甲第一、三、五号証、第七号証の一ないし三、第二一号証、乙第一号証の一、第二、三、五号証、第七号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一一、一七、二四号証、証人駒田拓一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一二、一八号証、原告佐藤岑夫本人尋問の結果により原本の存在及びその真正な成立が認められる甲第二三号証の一、証人稲守久生、同東谷和美、同駒田拓一の各証言、原告佐藤岑夫及び被告小林勝各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を併せれば、次の事実が認められる。

駒田は、昭和五九年当時津市市議会議員であったところ、同年一二月一五日、第四回津市議会定例会において市当局者に対し昭和五七、五八年度の食糧費が当初予算の三倍余り支出されていることについて質問し、その結果、本件支出の概要が明らかとなり、稲守と被告市長は、同月二二日の本会議において本件支出に不適切な点があった等として陳謝し、また、被告市長は当時の関係職員を戒告等の処分に付した。また、津市議会議員各派幹事会では稲守に右支出に係る金員を返還させるという動きもあった。右経過は、広く新聞報道された。駒田は、翌六〇年五月二〇日津市議会副議長に就任し、その際前任の正副議長より稲守が本件支出に係る金員を未だ返還していないとの引継ぎを受けたため、同月二五日、同時に議長に就任した山舗とともに稲守に対し右返還を要求し、その際駒田は右金員の津市への返還の方法として地方自治法施行令一五九条の錯誤による戻入として処理することを提案した。これに対し、稲守は右金員は個人的に費消したものではないのに、戻入として市の一般会計に入れると自分の非を認めることになるのでそれはしたくないとの答えだったが、結局、妥協案として「議会対策費の名で費消した部分が突出する形になったので、このうち自己の飲食に用いた相当額について戻入する。」ことで一応了解し、同月三〇日山舗に金五〇万円を交付した。そして、同日午後、山舗と駒田が被告助役と津市総務部長東谷和美に対し津市において右金五〇万円を受領するよう求めたが、同被告らは誤払い金として戻入手続を取ることは困難である等と受け入れに難色を示した。そのため、山舗らは、後日右金員の受入方法を検討することとして一旦右金員を持ち帰って稲守に返却した。その後も山舗らは津市側と右金員の受入方法を協議したが、津市は、結局同年九月上旬までに誤払い金としての戻入はもちろん寄付金の名目でも受け入れが困難であり、右金員を稲守から直接津市へではなく山舗らを通じて、かつ、会計上の処理を津市に一任する前提でなければ受け取れないとの見解を示した。駒田らが津市に誤払い金として戻入手続を取ることを求めたのは本件支出が間違いであったことを明らかにしたいとの趣旨である。

原告佐藤は、昭和六〇年一一月ころ、当時津市市議会議員であった若林泰弘から、稲守が自分の飲食分として金五〇万円を津市に提供したが、津市が受取を拒否してそのままになっていると聞き、駒田からも経過を聴取したうえ、議会において返還するとの約束をしたのにそれが履行されないならば、市民の立場で解決するべきであると考えた。そこで、原告佐藤は、同中道和久、同神阪美代子及び倉田共子とともに同年一二月三日、津市監査委員に対して、被告市長、元津市議会議長稲守、元総務部長小林勝(被告助役)、前総務部長新弘範及び元財政課長駒田忠重がした本件支出は、稲守個人の飲食代金合計金一二三万円を支払い、また、禁止された科目の流用したものであるため違法・無効であり、そのため市に損害が生じた等として、同人らに対し損害を填補させるべく適正な措置を取ることを求める趣旨の住民監査請求(以下「前の監査請求」という。)をした。しかし、津市監査委員は、同月二八日、原告らに対し、右請求は住民監査請求期間を経過しているとの理由で却下する旨の監査結果を通知した。原告らはこれに納得せず住民訴訟を提起した。他方、原告佐藤は、稲守が津市に金五〇万円を提供し被告らがこれを受け取らなかった行為については住民監査請求期間である一年以内の別個の行為であると考えて、原告中道和久、同神阪美代子及び倉田共子とともに、翌六一年一月三〇日、津市監査委員に対して、被告らは違法な本件支出に係る公金を回収する職務を有しているのに、ましてや任意に提供された金員を受け取らず放置することは違法な行為であるから、その是正を求めるとの趣旨の本件監査請求をした。右請求書には「戻入」の用語が用いられているが、それは地方自治法施行令などにいう会計処理手続上の用語として用いたものではなく、一般的に津市に返還するとの趣旨で用いたものである。しかし、津市監査委員は、同年三月二五日、原告らに対し、稲守が津市に金五〇万円を提供した事実が認められないとの理由で右請求を棄却する旨の監査結果を通知した。原告らはこれに納得せず本件訴訟を提起した。

以上の事実が認められ、証人稲守久生、同東谷和美の各証言並びに被告小林勝本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして直ちに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告らの本件訴えは右本件監査請求に対する監査委員の監査結果を前提とするものであることが明らかである。

そして右認定事実によれば、原告らは前の監査請求の時点で、すでに稲守が津市に対して金五〇万円を提供したが、津市はこの受入れを拒否していることを知っていたことが認められるが、原告らは前の監査請求ではこの事実を主張せず、本件監査請求のときにはじめてこの事実を主張したものであるところ、前の監査請求も本件監査請求も、前記認定の別表記載の飲食行為について違法・不当な公金の支出があったとの事実に基づく被告市長、その他の財務会計職員の財務会計上の行為を違法・不当であるとして、その是正を求めるものであることが明らかであるから、本件監査請求の事由も昭和五九年四月一九日から一年以内になすべきものであったものというべきである。

原告らは、単なる請求権の不行使と任意に提供された金員の受領拒絶とは違法性の程度が質的に相違すると主張するが、監査請求の同一性は住民が特定した監査請求の対象の同一性によって判断すべきものであって、違法性の程度や違法事由の相違によって左右されるものではないと解すべきである。

したがって、本件監査請求を前提とする本件訴えは不適法として却下を免れないものというべきである。

また、前記のとおり、本件監査請求は同一住民が前の監査請求と同一の被告市長その他の財務会計職員の財務会計上の行為について再度の監査請求をなしたものであったのであるから、本来不適法なものであったのである。

したがって、右の理由によっても本件訴えは不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく却下を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

別表

食糧費から稲守久生の個人的飲食代を支払った分

<省略>

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